ナイジェリアで起きた少女の拉致事件。

イスラム過激派集団であるボコ・ハラムが寄宿制の女子校を襲撃。200名を超える(250名以上という報道もある)女生徒をトラックに強制的に乗せ、拉致した。

事件は今年(2014年)4月中旬に起きたが、ボコ・ハラムはその後もさらに8名の少女を拉致したと報じられている。

5月上旬には犯行声明を発表。「花嫁として、ひとり1200円で売り飛ばす」と表明して世界に衝撃を与えた。

世界では年間60万から80万人が人身売買の被害にあっていると言われる。

しかし、そのほんとんどは少女を売春組織に売り飛ばすための、いわば「商売」としての誘拐、拉致だ。

もちろん、それは犯罪だし、許されるような行為では無い。

ただ、「女性のエンパワーメント」という視点から言えば、少女を拉致して売り飛ばすという行為は同じでも、営利目的と思想的犯罪とではその根深さが違う。

ボコ・ハラムが少女を拉致し、花嫁として売り飛ばすのは、宗教的・思想的な背景があってのことだ。

ボコ・ハラムとは「西洋的な教育は罪である」という意味だ。

ここでいう「西洋的な教育」の中には女子教育も含まれる。

タリバン同様、ボコ・ハラムも女子が教育を受けることを否定している。

つまり、ボコ・ハラムの今回の犯行は、「女性は10代の早いうちに、花嫁として誰かと結婚すべきだ。学校で勉強する必要などない」という価値観、考え方が背景にあってのことだ。

ちなみに、女性にとって結婚とは奴隷として売り飛ばされることとほとんど同義であるような地域はまだまだ多い。

繰り返すが、営利目的だろうと思想的なものであろうと、少女を拉致して売り飛ばすという犯罪行為は許されるものではない。

また、女性の尊厳を奪うという意味でも、罪の深さは同様だ。

しかし、女性のエンパワーメントという意味では、思想犯と立ち向かう方がやはり困難なのだ。

そのあたりの困難さについてはまたの機会に詳細に述べたいが、今回の事件は、一昨年に起きたパキスタンの少女マララちゃんに対する襲撃事件と同様、少女の教育というものがいかに複雑な問題を孕んでいるか? ということを少しでも社会に対して指し示している。

途上国に学校を作るというプログラムは日本でも人気だし寄付も集まりやすいが、学校を作れば少女が勉強できるというわけでもない。今回の件で、そのことを少しでも理解が深まって欲しいと思う。ほんとうに効果のある少女支援を広めるためにも。